ぼくはフィールド・ウォーカーなんだ。008

編集者のケンタさんは熱帯ハイブリット系カルチャーに詳しいコスモポリタンだ。世界70カ国に渡航経験があって、英語やスペイン語、ポルトガル語、インドネシア語、マレーシア語、タイ語・・・深度は様々とはいえ相当数の言語を操る。まるで大航海時代の船乗りみたい。最近はASEANばかり、トータル6年以上世界各地で過ごしている。

ぼくは旅人じゃない。

「旅人って言うと、どこまで行っても自分が主で、何かを見ている自分、何かをやっている自分で自分ばっかり、しっくりこない感じするんだよね。それよりもそこで営まれているものが何かを見たいし、知りたい。自分は参加しなくていい。観察者でいたい、フィールド・ウォーカーって自分では言っているんだ(笑)。」日本は平和で豊かなだけれど、歴史的にも文化が入り交じるアジアの国々に比べたら価値観が均一すぎる。それはそれで長所だけれど、しばらくするとふつふつと好奇心が湧いてきて、吸い寄せられるようにアジアに足が向いてしまう。バンコクやジャカルタ、クアラルンプールなどは、横浜より近所な気がする。ケンタさんは、出自が様々な人間が集まり、文化や血が交じり合う交差点、ハイブリッドで刺激的な場所が好きなのだ。そういう場所を歩きまわり、観察することがなによりも幸せ。だから、日本にいるときは、ハイブリットタウン新大久保をぶらぶらする。ケンタさんにとって手軽に行かれる研究フィールドとして、歩いて空気を吸うだけでも楽しくてしょうがない。

ハイブリットタウン新大久保へGO!

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インドもアラビアもトルコもありのレストラン

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やさしい笑顔のムハマッドさんにワッハ!

駅から明治通りにかけてはほぼコリアンタウンなのだが、新大久保駅を堺に西に行くと雰囲気が変わってくる。注意して見ていると街の人々の顔立ちにはバラエティーに富み、クミンの香りが漂うエキゾチックさ。かつては静かな住宅地だった大久保も、バブルの頃に悪名高い歓楽街に変貌したが、それも下火になり、今やハイブリットなアジアンタウンに変貌している。
「聞こえた?今のグループはタイ語話してたよね、向こうの女の子はインドネシアだよ。」数十メートル歩いただけで、東京のどこよりも濃い外国人率。ほんの一区画のビルにハラルフードのお店、トルコ屋台、インドネシアンカフェ、モンゴル料理、最上階にはモスクもあるらしい。1階にあるレストランはどこ料理なのかわからない「インド・アラビア・トルコ料理」って広すぎない?街角はアジアのどこの国とも言えない雰囲気で、まさしくハイブリット。
五感で味わうべく、さっそく串焼きを1本購入。「辛かった?慣れないとスパイシーかもねえ、日本人向けじゃないから。それぞれのアイデンティティーのまんま商売している、オーセンティックっていうかね。」串焼きを頬張りつつケンタさん、店のかっこいいおじさんムハマッドさんの出身がモロッコのアガディールと聞くと「ワッハ」おじさんもニコッと「ワッハ」なにそれ? 「モロッコ人がよく使う言葉、意味は・・・OKくらいの意味かな、日本語にならないや。」  え~なんかジェラシー

さらにディープな裏通り

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なかなか売ってないパームシュガー 南の国の味わい

裏通りを歩くと、ハラルフード店、タイやインドネシアの食材店など、飲食店に卸したり、各国の家庭に配達したりして商売をしている店舗がポツポツある。各国食材店ではそれぞれの国の人が買い物していて、のぞくとビビるんだけれど、入ってみるとワンダーランド!高級食材店や築地くらいでしか見かけないアジア食材が、格安高品質であっさり手に入る。お店で調合しているマサラなんて本当に香りがよくて、一度味をしめると通わずにいられない。食いしん坊にはたまらない食材の宝庫でもあるのだ。
「あったよ 椰子砂糖。欲しかったんでしょ?たくさん種類があるねえ、手作り風だからこれがいいよ。」一見雑然とした商品棚には、よーく見るとお宝がたくさん。品質のいいパームシュガーは高くてレアなのだが、あっさりあるんだから、大興奮。あれ、羅漢果もあるじゃない!なんか本当にすごいな。ついでに「貼るとキケンかもしれない唐辛子の膏薬」も入手。ついつい買い物ハイのスイッチが入ってしまう。
それにしてもジェラシーなのは、ケンタさんが、どこの店でも気軽に現地語で挨拶すること。すると店の人も応えてくれる。やっぱり語学は突破口なのだ。拙い言葉を話すのは勇気がいるけれど、やってみればいい。だってインドネシアのかわいい女性に「テレマカシー、サンパイジュンパ(ありがとう、またね)」なんて言われると嬉しくてスキップしたくなっちゃうもの。

達人も行ったことない店に潜入

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中央の竹みたいなのがレモングラス、こんな立派なのは他では手に入らないかも。

そんなケンタさんもまだ行ったことないお店で、気になっているところがあるというので、2人で訪れてみることにした。確かに・・・日本人向けの商売ではなさそうだ。このタイ食材店は、タイのイスラム教徒向けハラルフード専門店で、これとは別に田端で東京では一軒だけのタイ・ハラルレストランを経営しているという、業歴十数年の老舗。イスラム教徒はハラルと呼ばれるイスラム教の教えにもとづいた合法的な食材しか食べてはいけない戒律なので、日本では買い物が難しい。ハラルフードを扱う食材店やレストランは少しずつ増えていくけれど、親切な店主ピケさんの話では、年々増えているイスラム系の人々は不自由しているのだそうだ。目立たない裏通りにあるし、配達が主で倉庫みたいなお店だけれど、タイ料理に目がないケンタさんの目がキラキラしてくるくらい、品揃えは充実していて、グリーンパパイア、新鮮なレモングラスなど、東京では手に入りにくい食材が置いてあり、同朋のための商売という感じがする。考えたら当然だが、お店に来ていた卸業者の人(タイ人ではない)とピケさんは日本語で会話していた。新大久保の人々の共通語は、英語ではないのだ。

Exif_JPEG_PICTUREケンタさんのガイドで回った数時間の新大久保は初体験の連続だった。今度あのお店にいったら、「アッサラーム・アライクム、ムハマッドさん」「サワディーカ、ピケさん」とか言えちゃうんだ。挨拶したからって友達ってわけじゃないけれど、1度も言葉を交わしたことがないのとは雲泥の差ではないだろうか。国際化するトーキョーについてリアルに考えるなら、新大久保でハイブリットな空気を吸ってくること、すごく大事なことかもしれないよ。ではポップ・カン・マイ・ナ・カー(またね)

taco構成・text:タコショウカイモトカワマリコ