春になると沼津へ

「お船に乗りにいこう。」春になると父に連れられて毎年のように沼津に遊びに行っていたのは70年代の半ば。長いトンネルを抜け、白く光る海にたどり着いたら、大きなお船に乗るのだ。今思えばあれはステラポラリス号、かつてのスカンジナビアホテルだった。係留された優美な船と煌めく湾の記憶は鮮明で、春になるとなんだか港が見たいと思う。

久しぶりにそういう機会に恵まれたのは今年の3月のこと。折々にloca-rise productionの大内征さんから沼津の面白さを聞いていた。富士山や連なる山々と駿河湾の恵み、ドラゴンのように中心をうねる狩野川の流れ、スケールの大きなランドスケープを実感したいし、沼津で働く噂の方々にお会いしたり、町を歩いたりしたいと思っていたところ、沼津市のぬまずプロデュース課と大内さんのローカライズ、地元のかっこいい八百屋さんREFS沼津ジャーナル代表の小松浩二さんが沼津を自転車で巡るツアーを開催することを知り、参加した。

家族がぎょっとする大胆な選択、だって私はほぼ自転車に乗れない。乗れるは乗れるけれど曲がれない、段差が越えられない。でもどうしてもどうしても参加したくて、特訓しました。たんこぶを2つこしらえて、片手を離せるところまで上達、これなら迷惑かけずに大丈夫かも?というわけでバスで新宿から2時間半、土砂降りの沼津駅北口に到着。翌日は雨なら車ということだったのだけど、バスを降りたらみるみる雨が上がり、順調に晴れそうな気配・・・そうだった、私は晴れ女だったのだ、これはしたり!

朝のセリとなじみ富士

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解禁したばかりのシラス漁から戻ったばかりの漁船

「朝5時半に起きられますか?」市役所のHさんの有難いお言葉は、イベント前日の食事会でのこと。その夜も深夜までお付き合いいただいているのに、早朝から沼津の魚市場のセリを見せてくださるという。6時前に港に到着すると、Hさんや他の参加者も到着していた。早朝の空は曇り、山々は雲の向こうでぼんやりしている。

 

「今日は富士山見えませんね。僕はこの港の近くで育ったんですけれど、地元っ子にはそれぞれ自分の『富士山』があるんですよ。家の窓から見える富士や、通学途中で見る富士とか、見慣れた富士の形があるんです。残念ですね、今朝は富士山が見えなくて。」

「なじみの富士」があるなんてさすがおひざ元である。関東では高台によく「富士見」という地名があるが、沼津ではそこらじゅうが富士見。Hさんの愛するなじみの富士が見えなかったのは、とても残念だった。

セリは最近新設された魚市場の建物で始まっていた。漁港の市場というとオープンな空間を想像するが、ここは天井の高い体育館みたい。漁船が横付けできるプラットフォームから魚が上がるのだが、カモメなどが入ってこないようになっているらしい。見学は上階から、セリの邪魔にならないように、見学エリアから見下ろす体。バスケの観客席みたいな感じで、これなら衛生的だし、団体で見ていても、市場の仕事の邪魔にならないし、フォークリフトなどにぶつかったりする危険もなくて気が利いている。

市場眼下には数えきれないほどのコンテナが並び、活魚もたくさん。駿河湾で獲れる魚は多種多様。日本でも有数の水深を誇る湾では、タイやヒラメ、春の旬魚はもちろん、いわゆる底魚の類、そして深海魚。見慣れない形の深海魚は最近の沼津港のキーワードでもある。付近には専門の水族館もあり、実は見かけによらず淡泊で美味な地物の深海魚を味わえるお店もあるらしい。この市場には駿河湾の魚だけでなく、陸路のものもあるそうで、マグロなどの超低温冷凍倉庫も完備されている。他にも水産加工で出た内臓などか魚油などをとる工場なども併設された地域漁業の基地なのだ。

 

セリでは仲買人の人たちが何か叫んでいるけれど、何を言っているのかわからない。魚の箱に色とりどりの紙を入れて競っている。次にどの魚がセリにかかるのか、上から見ていると面白い。競り人が声がけをすると仲買人が集まってきて競る。ある程度決まると、買い付けた魚を引き取っていく。みんな目を凝らして魚を眺め、箱から箱へ集団が移動する。Hさんは市の水産関係の仕事に通じ、見識が深い。市場の人とも挨拶を交わすほどお顔も広い。最高のガイドによるゼイタクな見学会、早起きの甲斐があった。

 

さらにゼイタクなのは、そのあとの朝ごはんである。市場で働く人の朝ご

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アジなどの地魚と自家製の卵焼きがほどよい甘さ。早朝寿司なんて生まれて初めて。

はんのために、早朝から開けているお寿司屋さんがあるのだ。朝早いというのに、地魚の入った握りが食べられる。卵焼きも自家製。そこのお寿司屋さんは直接市場から仕入れているので、ネタは新鮮そのもので、朝でなければ地魚を堪能できるお任せ握りがおすすめらしい。

威勢のいいセリで目が覚めて、たっぷり朝ごはんを食べたら、自転車イベントの集合まで数時間、ひと眠りできそうだが、寝過ごしそうで危険だ。

 

 

沼津時間が味わえるカフェ

朝10時15分、参加メンバーとぬまずプロデュース課の方々、ガイドのみなさんと駅に集合してから、まずは全国のカフェ好きがここを目指して沼津を訪れるという「ひねもすcafe」に。蔵を改造した店内、昭和の博物館のようなレトロ感のある雑貨が光と影のコントラストに溶け込んでいる。2階のカフェでは一気に健康になれそうな野菜メインのフードやお茶、コーヒーやスイーツが楽しめる。靴を脱いで炬燵でというのも人気があり、夜は要予約だそう。雰囲気のある物件を探していて、オーナーの近藤さんが通勤の途中で気になっていたこの蔵、天井をはがしたら立派な梁が出てきたとか、知り合いの力を借りてほぼDIYで改装したのだそうだ。

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東京から移住してきたというオーナーは知らない土地でカフェをオープンするまでの奮闘を快く話してくださった。いつか実現したい夢だと思っていたところ、陶芸の師匠に背中を押され、思い切って事業を開始して10年。もちろん才覚とご苦労の成果ではあるが、とにかく迷っていないで動いてしまうことでなんとかなるという好例。採算はともかく、この土地でカフェを運営していくことに意義を感じているという。自然の成り行きで、それなりにやっていければいいのだと。

元気な看板犬テスの存在感も楽しく、ウェルカムなにぎやかさが心地よい。「ここで仕事をしたらいい原稿が書けそうだなあ。」窓から暗い室内に外光がほんのり差し込む席は物書きの心を惹きつける、一度座ったら根が生えそう、もし近所にあったら間違いなく入り浸りそうだ。少なくとも沼津に来たら必ず寄る場所をひとつ確保。

こういう空気感のカフェは東京では難しい。ドアが開き、人が入って来れば、町の喧騒が持ち込まれる。それはそれで刺激的で面白いのだが、沼津で流れるゆったりした時間の中にあってこそ醸し出される穏やかな雰囲気はここでしか味わえない。オーナーの生き方やこだわりが空気に溶け込んでいるのだろう。それぞれのペースでのんびりと、つかず離れずの常温のぬくもりで。

 

 

噂の八百屋さんREFS

ファイル_005首都圏でリアルフードに関心の高い人の間で話題の八百屋さん REFS、地域のメディア沼津ジャーナルの代表小松さんは町おこしのキーパーソン。沼津の面白さに注目して起業、八百屋店をベースに仕事を広げている。今回の街巡りの立役者でもある。上土商店街の組合にも理事として参加し、次世代の担い手として盛り上げている。地域とつながりを持ちながら商売をしたり、リアルフードビジネスをすすめるには八百屋というスタンスは最適なチョイスだったそう。今や熱海にもカフェ併用の店舗を持ち、生産者とつながった野菜、食品を販売している。

お店はいわゆる八百屋さんというよりセレクトショップ。伊豆界隈の農産物や水産加工品を扱うが、どれも小松さんの目や舌で品質を丁寧に確認してある感じ。相場より高くても、これだけ信頼がおけるなら安心だなと思える。この日はお店がお休みだったのだが、今度は営業日にお邪魔しようと思った。

一度参加してみたいと思っていた「一杯のスープをつくる時間」というREFSのイベントは秀逸。器やスプーンを作るために材料の木を切る、畑に行ったり、猟師さんと山へ行ったり、スープへたどり着く壮大な旅を体験できる。一杯のスープが内包する自然の恵みをひとつひとつ確認する作業。リアルフードという文脈だと、簡単には手に入らない。食の根源的な意味について考える機会になりそう。もしフルプロセス参加したら、うっかりチャクラが開いてしまいそうな気さえする。

 

【後編に続く・・・】

タコショウカイ モトカワマリコ