「人生で大事なのは愛とサッカーとおいしいごはん」

風見大五郎さん (鍼灸師・訪問治療はり灸 鍼風 代表 &元料理人)

 「はじめての鍼灸」のはずが、なんでエプロン?その心は・・・

IMG_0529taskoshokazami

パスタマシーンなんて使わないよ!

前回、鍼灸師のキャリアについてお話を伺ったので、せっかくだから体験してみようかなということになった、はずだった。ところが、指定されたところにお邪魔してみると、風見さんはエプロン姿?前の取材でモトカワがオフレコでもらした、トスカーナで修行した時のお話を聞きたい、というリクエストに応えて、鍼灸体験の前に本場のトスカーナ料理をごちそうしてくださるというのだ。

「料理人になったのは)、代官山のイタリアンカフェで働いていたことがきっかけ。初めは料理人じゃなかったけど、人が足りなくて、お前、寿司屋のせがれだろうって、調理場に立たされて、気がついたらコックになっていたんですよ。」
まさか、誰もがそんなカンタンに料理人になれるわけではない。
「オヤジが寿司屋をやっていて、仕事が終わるとよくスパゲティを作って食べてた。夜中に起きて待ってると食わせてくれて、うまかったな、それでパスタ好きになったんでしょうね。オヤジが作るから、パスタっていうか、ケチャップで炒めたような味でしたけどね。」

食の英才教育はばっちりだった。寿司屋の子だから店で残った旬の寿司ネタを食べつけていたし、近所に住む親戚は飲食業ばかり、どこへ遊びに行ってもうまいもの。小さい頃から舌が肥えていた。食育サラブレッドなのである。そのうまいもの好きが、イタリア料理の真髄は「マンマの味」だろう、ワインやチーズ、オリーブやキノコがうまい田舎で、本場の味を習得したいと思っていたころ、チャンスが舞い込む。
イタリアはトスカーナ、サンセポルクロ村でまさかのドッキリ?
「寿司屋の常連にイタリアにアトリエを持っている画家がいて、田舎料理を勉強したいなら、トスカーナのリストランテを紹介してやるというので、その言葉を信じて行ってみたら、びっくり!!」
乗り込んだ本場は、トスカーナの田舎町サンセポルクロのあるリストランテだった。日本人画家が手紙を書いてくれているはずが・・・行ってみると知らないと言う。どうしよう・・・とりあえず町の広場で一服していたら、さらりと奇跡が起こった。
「突然日本語で声をかけられた。その女性は日本企業の駐在員の奥様。その奥様のイタリア語の先生の紹介で、『イル・コンビービオ』というその村一番のリストランテで働けるようになって、すごいドラマでしょう?本当の話ですよ。」

トスカーナの地の滋味、山のもの畑のものを堪能した6ヶ月

500kinenhagaki007

トスカーナののどかな田園の町

そのリストランテはサンセポルクロの村長夫人がシェフを務める名店。イタリアでは女性シェフも珍しくない、マンマの味が最高峰という国なのだ。
「6ヶ月間滞在していたけど、やりたいといえば、シェフはなんでもやらせてくれました。労働ビザ無しの修行だから無給だったけど、食べさせてもらって、不自由はなかった。最初から驚きの連続。まず朝、地元の猟師が山からやってきて店先にウサギやキジ、カモやハト、雷鳥やイノシシや鹿など、季節の獲物を売りに来る。シェフはその場でその日のメインを決めて、買い取ります。市場もあるし、出入りの肉屋もあるけど、秋はまずジビエ。野菜は農家が売りに来るし、地元の人がキノコとりの名人で、ポルチーニやトリフを売りに来る。旬の食材で全部地のもの、シェフが素材の顔を見て、その時々で料理する、なんて素朴で豊かな食文化かと思いました。」
朝仕入れた鳥は、風見さんが店先に座って下処理する。鳥の羽根をむしっていると、通りがかりの町の人から声がかかり、ごはんに誘ってもらえる。町で唯一の東洋人「KAZAMI」はさぞ有名だったんだろう。リストランテで出てくる料理も素材重視でうまいが、普通の家でごちそうになる料理はさらにシンプル。手打ちパスタにトマトソース、おいしいチーズだけ、かけそばみたいな素朴さだけれど、素材の味がいいから、充分にごちそうで、今でも忘れがたいうまいものばかりだった。
「タコショウカイでモトカワさんに昔の話をしていたら、思い出しちゃったんですよ。あれこれうまかったなあ。どうせならトスカーナの料理を一緒に食べたら楽しいかなと思ってね。」
なんて親切な人なんだろう、おいしいもの、大好きです。とかいう間に、風見さんはよどみなく話しながらも手を動かし続け・・・前菜登場♪

IMG_0578taskoshokazami

カリカリに焼いたバケットにインゲンの旨みが沁みて、ワインがすすむなあ。

 

トスカーナ人別名「豆喰人」の大好物「ファジョーリのブルスケッタ」
イタリアの白いんげんは小ぶりで味が濃い。それを乾燥豆から戻して柔らかく煮たのが、カリカリのバケットにかかっているだけ。
「トスカーナの人は豆が好き。しかもうまく食べるよね。豆の戻し汁をそのまま煮汁にして、にんにくとハーブと塩にオリーブオイルだけ。豆のうまみが出てるでしょ。キレイに食べるとか考えていないから、豆を盛りすぎて持ち上げるとボロボロ落ちるけど、気にしない気にしない、トスカーナ流だから。」
たくさん煮ておいて、玉ねぎとツナをまぜてサラダにしても美味しいし、前菜として重宝だ。しかもワインに合う。この日開けたイタリアの赤ワインはブドウの風味が強い辛口だったけれど、しっかりした豆の滋味で、ほぼ塩だけの味なのに負けていないのがすごい。

シェフのマンマ直伝、手打ちパスタのラビオリ

次に材料をテーブルに出して始まったのが麺打ち。イル・コンビービオのシェフ直伝の本場パスタを作ってくれるという。パスタマシーンなしで?

IMG_0534taskoshokazamiIMG_0553taskoshokazamiIMG_0642

「なしで。手でこねて麺棒で伸ばすやり方もあるんだよ。ちょっとコツがいるけど、麺を伸ばしたら、戻らないうちに麺棒に巻きとって方向をかえて伸ばす。それの繰り返し。これを作れば、ラビオリもラザニアも、タリアテッレもみんな同じ。シェフのラビオリはうまかったなあ。その日、店の客が残した肉類をいろいろまぜてミンチにしたものを具にするんだけど、スパイスとかハーブの加減が絶妙で、あれは作れないなあ、また食べたいなあ。」
今日の具はトスカーナの家庭でよく作る組み合わせで生ハムとジャガイモ、パルミジャーノ・レッジャーノ。味付けもよくあるセージとバタ-のソースだそうだ。ラビオリ大きくない?写真ではわからないけど、5センチ四方。大きすぎて大味かと思うと、シコシコしていて、麺に味がある。生のセージはバターと合わせるとソースがすっきりして、生ハムとじゃがいもにぴったり。ずっとテーブルに出ているパルミジャーノ・レッジャーノはイタリアの堅いチーズで、どの料理にもたくさん使う。このチーズとオリーブオイルが、イタリア料理のおいしさの素らしい。

IMG_0722

しこしこの歯触りに具はシンプルにジャガイモと生ハム、チーズの旨みが効いてます。イタリア料理の味はチーズが握っているのかも。

「毎日9時頃から翌日用のパスタを打つ。麺は一日寝かせるとうまいからね。前の日に仕込んだ麺でいろんなパスタを作るのが、自分の仕事だった。ランチが終わるとシエスタで、夕方の5時くらいから夜のディナ-タイム。のんびりしてるんだ。パスタも今どきなんで麺棒で手打ち?!超アナログがかっこいいじゃんって思ったよ。懐かしいな。」

トスカーナ風カツレツはカリカリでボリューム満点、もたれない。

イタリア人が大好きなメイン料理の王道。細かいパン粉とチーズの衣が肉と渾然一体となってカリカリする。肉はすごく薄いけれど、旨みが乗って味わい深い。多いかと思ったけれど、サクサク完食。ボリュームがあっても軽く、いくらでも入りそうだ。

IMG_0739

カツレツにもチーズをトッピング、カリカリの衣にもチーズ、サラダの酸味で大きなお肉もペロリと。

「今日の付け合わせはルッコラとトマトだけど、フライとサラダが合いますよね。添えたのは、イタリアではケッカというサラダ兼ソース。肉も今日は豚ですが、トスカーナでは仔牛が主流なんですよ。肉でうまかったのはベキャス(ヤマシギ)っていう野鳥で、頭をカリカリに焼いて脳みそを食べる。ナッツみたいな香ばしい風味のあるレバーみたいな味で・・・頭をガリガリ食べるんだよ。あれはうまかった。」
嬉々として野鳥の頭を齧る風見さんを想像すると、トスカーナの人たちが「今度はいつ来るんだ」と今でも呼ばれているのがよくわかる。郷里のうまいものを「うまい」と言う人間は愛されて当然だ。他にも豚の血を使ったデザートなど、肉をくまなく利用する料理もうまかった、あれもこれも、うまかった話。とにかくこの人は食べることが好きなのだ。
IMG_0750「人生で大事なのはマンジャーレ(愛)とカルチョ(サッカー)とアモーレ(愛)笑。僕は友達と呑んだり喋ってしながら、料理して食べて、っていうのに生きる喜びを感じる。気の合う人と、楽しくおいしく食べることが体調にもつながるんですよ。人の体は60%の水と、食べたものと、喜怒哀楽でできているんだから。」

さて、お腹がいっぱいになって幸せな食後・・・
試しにと、風見さんは私の手をなでてツボをさぐり、一本細い鍼を打ってくれた。そういえば、今日はご飯じゃなくて、鍼灸体験のはずだった。興奮して忘れていたけれど。鍼灸はこのまた後日ね。どこまでもサービス精神が旺盛な風見さんと鍼灸のお約束をとりつけて、その日はお別れ。
翌朝、数週間悩まされていた首の痛みが消えている。                             
ええっ!どういうことなの?
taco次回はいよいよ本当に鍼灸体験。