開発好きの理系デザイナーが描くステキな未来

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 ものづくりの原点を振り返る散歩の始まり

前の晩はひどい嵐だったが、朝になったら一転快晴、なんて幸先がいいんだろう。今日は昼過ぎにデザイナーの坂倉さんと高田馬場駅で待ち合わせ。早稲田大学工学部のキャンパス界隈を散歩しつつ、坂倉康文の歴史を紐解く予定なのだ。理工系出身のデザイナーは案外多い。その中でも彼はちょっと変わり種。

道すがら写真を撮りながら、ヒゲが似合う顔だなと思う。日頃の控え目な印象に反して、ファインダーからのぞくと、眼光鋭いマニッシュな顔立ちだ。

「そうですか?ヒゲがやたらに濃いんですよ、学生時代コンペの準備で徹夜すると、僕だけヒゲぼうぼうのドロボウ顔になってしまう(笑)懐かしいなあ、20代前半はこのキャンパスに入りびたりでしたね。課題をこなすのに何日も泊まり込んだものです。しばらくぶりだけど、変わっていないなあ。」

ヒゲお似合いですよ、もっと生やせばいいのに。

きっとヒゲお似合いですよ、もっと生やせばいいのに。

工学部の実験棟は工場みたい。こんな町中に広々と技術研究の設備をもてるんだから、さすが早稲田大学。広いキャンパスを横切って坂倉さんが学んだ建築学科の教室を覗きに行く。

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すぐ手が腰に、前にならえの先頭ポーズになってしまう人。

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横向いても一貫して同じポーズで。

 

 

 

 

 

 

「取材場所を母校にしたのはね、今でもものづくりの方法論を学んだのは大学だったと思っているからです。なんだか早稲田大好きみたいな感じになりそうだけど、思い出深いことは確か。」

工作少年を育んだ実家の作業場

「実家はおじいちゃんの代から表具屋。職人の家系です。小さい頃は店の作業場でよく遊んでました。最初はトンカチで釘を打って、木切れをくっつけるだけで楽しかったけれど、そのうち釘がまっすぐ打てないと、釘の頭が折れてしまうのが気になった。幼いながらに丸い釘の頭がきれいに出ないと気持ち悪いなと思ったんですね。まっすぐ打てるまで練習しました。釘をまっすぐ打てる5歳児なんて、なかなかかっこいいでしょ(笑)」

坂倉さんは小さい頃からできないことがあると、論理的に考えて分析し、じっくり攻略していくまさに建設的な戦略家だった。図画工作が大好きで、将来は画家になろうと思っていた。中学生になった工作少年はやがて建築家安藤忠雄の「住吉の長屋」に感動し、建築家を志す。

建築家になったのに、辞めた理由。

やがて早稲田大学の建築学科に合格。大学院に進学し、最先端のCGを取り入れたデザインを学びに韓国の慶熙(キョンヒ)大学校に留学した。卒業後憧れの大手建築事務所に就職、建築デザイナーとしてのキャリアが順調にスタートする。ここまでは実に華々しい建築家のプロフィールだ。なのに…どうして?

「大学入ったくらいから、楽しくないなと思い始めていたんです。建築家になりたくてがんばったけど、建築デザインの世界はイメージしていたのとは違っていた。大学には偉い先生がいて、課題はその先生方の評価がすべて。そこから外れないように制作しないと未来がない。今考えれば全然そんな事はないのだけど、当時はそう思ってしまっていました。自分のアイデアよりも、勝率の高い方向を優先するようにならざるを得なかった。評価ばかり気にして、面白くない。でもその時は、技量が足りなくて表現力がないから面白くないんだと思ってゴリゴリ努力しました。やらなければならないことは我慢してできるタイプだから。」

学年が進むうちに「建築家の進む一本道」が見えてしまった。このまま大学院に進み、就職活動、建築士の試験、順番に道に並んでいる課題をこなしていくだけの人生でいいのか、疑問を持った。それでも就職が決まったときは張り切っていたし、希望もあった。いよいよこれからがデザイナーとしての本番だと思ったからだった。

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サラリーマン時代コンペに参加した母校の新校舎を見上げる。

ところが、入社4年で疑問はむくむくと大きくなる。コンペに参加したり、学校など公共建造物を建てたり、大きなプロジェクトに関わるのは有意義だけれど、規模が大きければそれだけ関わる人が増え、書類も増える。肝心のデザイン作業よりも許諾用の資料などの書類作成に膨大な時間を取られるのだ。キャリアを積んでもこういう作業はなくならない、これが自分が憧れていた仕事なんだろうか。小さくてもいいから、自分はデザインの仕事がしたい。現場を重ねるうちに仕事はどんどん増えてくる、激務が続き、ついに体を壊してしまった。これ以上は無理だ。彼はここで勇気ある撤退を決め、少年時代から追っていた夢を一つ卒業する。そして将来を嘱望される中、ついに2014年1月会社を辞めてしまった。

「社会に出て5年くらいって、特に夢を実現した人は幻滅することが多いんじゃないかな。イメージで憧れていた職業の現実が見えるっていうか、自分が選んだ道の実態がわかってくるんですね。そして先が見えなくなって壁にぶち当たる。ずっと努力して結果を出して来たからこそ、そういう疑問をもっても、辞められない。周囲の期待もあるし、間違っていたと思うのは怖いし。でも、つまんないと思ったら辞めちゃえばいい、次に行けばいい。少なくともひとつ夢を叶える力があったんだから、次の目標も実現できるはず。自分をもっと信じて、好きなこと、楽しいと思うこと、ワクワクすることをして生きていくほうがいい、それが僕の幸福論なんです。」

ウェブデザインの会社「坂倉表具店」

「独立してウェブデザインの会社を起こそうとしたんですけど、現在の屋号は『坂倉表具店』。実家の表具屋に所属してその会社のウェブ制作事業部をつくって活動しています。兄弟3人とも表具屋を継がないので、せめて屋号だけでも僕が引き継ごうと思って。仲間も面白がってくれたし、仮に表具屋だと思って仕事の発注があってもおやじがまだやっているから、対応できるし、まったく問題ない(笑)。」

いきなり建築家からウェブデザインの仕事をプロで始めるのは難しいのでは、と思うのだが、建築を学ぶ学生は課題をこなすのに、イラストレーターとかフォトショップみたいなグラフィックソフトは扱いなれている。建築デザインの現場で鍛えられたプレゼン能力にも自信がある。あとはプログラム言語が習得できれば、問題ない…まさかの坂倉さんは独学で習得してしまった。在学中に当時は斬新だったCGを使う経験をして興味があったし、卒業後大学院へ行かずにウェブデザインの方向に進むことを考えていたという経緯もある。

「仕事をしてみて思ったのは、ウェブデザインの人は建築デザイナーより感覚的。でも仕事の手順は建築とかなり近いものがありますね。ただ見た目がきれいだとかカッコいいということだけでは成立しない、グラフィックの裏にプログラムがあって、仕組みや理屈が裏付けされていることが面白いなと思うんです。」

新しい技術が大好きなデザイナーが考えるサカクラ的ステキな未来

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「今はウェブデザインを中心に仕事をしています。制作会社さんと契約して仕事をするスタイル。そういう中で、新しい切り口を開発していくのがこれからの僕の仕事かなと最近思い始めているんですよね。ITの世界では新しい技術が次々と生まれているんだけど、そういうものを使えば、新しく面白いものが開発できそうなんですよね。例えばキネクトみたいなインタラクティブなツールを使って、視覚情報だけじゃなくて、リアルと結びついたもっと開いた使い方を開発してみたいなって。そういう作品を発表しているうちに、坂倉面白いなって注目してくれるクライアントと出会えるんじゃないかという気がします。」

彼が学んだ建築は、物理的な空間デザインだから、当然そこにいる人間の身体性を想定してデザインされる。情報だけのウェブとはそこが大きく違うということらしい。革新的な技術は便利でもあるけれど、今のウェブの潮流は体を無視していると思うのだそうだ。

「映画のマトリックスみたいな世界は望んでいないんです。いくら技術が進んでも、朝起きてモニターごしに会議して、会社に行くのはアバターで、人と会うのはインタラクティブ、みたいな生活にはならないと思う。21世紀になったけど、レトロSFみたいにみんな銀色のボディスーツじゃないし、車もちゃんと地面を走ってるでしょ。誰かと仲良くなってもスカイプだけで話すんじゃなくて、会って話したり、バーベキューしたりしたいし、それが人間の幸福にとってすごく大事なことだと思う。僕が考えるステキな未来って、心身が心地よく、技術が上手に生かされた快適で温かみのある世界なんです。」

これからの仕事には仲間集めが大事。

ほかにもPIECESなど、プロジェクトを計画している人と技術を提供する人が出会える仲間集めプラットフォームを構築してみたり、ウェブサイトの制作をサポートする小さな勉強会を催して、これから事業を立ち上げる人のウェブ展開を応援をしてみたりといった、コミュニティづくりにも関心がある。忙しいウェブデザインの仕事の合間に、一緒にステキな未来を夢見るサカクラワールドの仲間を集めているというわけだ。面白いこと、新しい切り口、人の役にたつことは、意識の高い仲間と話したり、学んだりする中で生まれると考えているらしい。

「本をたくさん読んだり、違う世界の人と話したりすれば、考え方も柔軟になるし、論理的にものを考えられるようになる。そうなれば何か問題が起こったとしても、原因と結果の因果関係をとらえて対処できるから、悩みもずっと少なくなるはず。それには勉強会みたいな向上心のあるコミュニティが身近にあると理想だと思うんです。共感してくれる仲間がいて、新しい面白い技術をデザインで人の役に立てること、自分がいいと思うものを作り続けること、それが僕が今実現したい未来、なのかな。」

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工学部から本体に移動する遊歩道、初夏の花が咲き乱れている。戸山周辺は都心とは思えない緑豊かな地域でした。

初めて坂倉さんに会ったときすごく大人しい人だと思った。しかし、何度かお会いするうち、控えめな態度の底に光るラディカルな人間性が見えてきた。計画を立て、着々と実行していく意志の強さで、小さいころから欲しいものを手にしてきた自信が、彼の本質だと思う。だから自分の引いた図面通りに人生を構築する、できるはずだと信じている。世間がどう思おうと、そんなことは問題じゃない。自分がどうしたいか、それさえ決まれば迷うことはない。決して派手ではないけれど、世の中を変えていくのは、こういう人なのかもしれない。坂倉表具店がプロデュースするステキな未来を心待ちにしつつ、デザイナー坂倉康文に大いに期待しよう。

インタビュー構成: タコショウカイ/モトカワ